耳障りな機械音を立てながら、アクマは大きな音とともに爆発した。つい前まで、無差別に人を殺し、私を傷つけていたそれは、ただの鉄屑の塊になる。ぽたりと、塊の上に、鮮血が落ちて濡れる。
「帰るぞ」
「うん」
それを見たまま、私は神田にこたえた。
私が黒の教団に来たのは、もう随分前になる。両親をアクマに殺された以前の記憶はないので、自然、私の記憶は黒の教団に連れてこられた時から始まっている。唯一の肉親である兄さんからも引き離され、自分自身を傷つけてまで、ここから逃げ出したいと思ったことは、今でも忘れない。生々しい傷跡として、依然、それは消えずに残っている。このような、望んでもいない運命に、イノセンスを呪ったこともあった。
しかし、今は与えられた任務をこなし、アクマを壊すことにも違和感がなくなった。これが正しい変化なのかは分からないけれど、少なくとも「黒い靴」を前より受け入れることが出来るようにはなった。もしかしたら、ずっと戦場に生きてきた私の感覚が鈍ってきたのかもしれないけれど。
走って、前を歩いていた神田の隣に追いついた。神田は腕と額から血を流しており、団服が若干朱色に染まっている。私がそれをじっと見つめていると、
「……」
大したことない、と言わんばかりに、乱暴に傷口を拭いた。
「……神田は」
それを見ていて、ふと口に出る。
「どうして戦うの?」
ずっと疑問だった。エクソシストの人数は、10を超えるか超えないか、其々の思いを抱えて、今日も戦っているのは何となくわかる。ただ、ずっと小さなころから一緒だけれど、神田が戦う理由はよく分からない。自分のことについては、かたくなと言ってもいいくらい何も言わないから。だけれど、それを無理強いして聞こうと思ったことはなかった。
「……言って何になる」
神田は正面を向いたまま言った。
「そうだね、何でもない。ごめん。ただ、自分は何で戦ってるのかな、って思っただけだから。気にしないで」
私は笑って言ったが、今度、神田は睨みつけるように私の顔を見て、また前を向いて、
「……」
矢張り黙ったまま歩いている。私も黙ってそれを見ていると、
「任務お疲れ様」
突然、無線ゴーレムから、兄さんの声が聞こえてきた。「怪我はないかい、二人とも」
「兄さん。私は大丈夫、かすり傷程度だから。神田は、」
「これくらいたいしたことねえ」
「……だって」
兄さんは笑った。「それで、どうだったんだい」
「レベル2が何体かいたけど、全部破壊したわ。イノセンスとも関係なかった」
「そうか」
「そっちはどう?みんな元気にしてる?」
任務に行くようになってから、定番と化しているやりとり。自分がいない間に、何か大変なことが起きていたら、そんなことを考えると身体がすくむ。
「ラビとブックマンは、ついさっき任務に出発したよ。僕は、相変わらずリーバー班長にしごかれてるけどね。寝る暇もないよ」
兄さんがそう言うと、適当な事を言わないで下さい!と、リーバー班長の声が聞こえた。私は思わず笑ってしまう。
「みんな元気みたいでよかった」
私が返すと、兄さんとリーバー班長の言い合いが聞こえてきた。
思えば、私が教団から逃げることをやめたのは、兄さんがいたからだった。室長の地位にのぼり詰めるまでの兄さんの苦労と心情を考えると胸が苦しいけれど、心が壊れかけていた私の手をそっと握ってくれた兄さんは、そこにいてくれるだけで心強かった。兄さんは私に光を与えてくれたのだ。
言い合いが収束し(今度もリーバー班長が折れてくれたらしい)、勝ち誇った調子で兄さんが言う。「勝った」
「もう、あまり皆を困らせたりしちゃ、ダメだよ。兄さん」
「わかったわかった。それじゃ、神田くんにもよろしくね。帰り待ってるよ、」
リナリー。
兄さんが与えてくれた光が、闇に埋もれていた私の「世界」を照らしてくれた。兄さん達サポーターや教団の仲間、神田達エクソシストがいるそこは、本当の世界ではないけれど、でも確かに守るべきものだった。伯爵がアクマでそこに終焉を訪れさせようとするのなら、私はこの身でそれを阻止してみせる。
「うん、帰ったら美味しいコーヒー入れてあげるわコムイ兄さん」
誰かが笑顔で誰かの名前を呼べるように。誰かが、やさしい気持ちで、自分の大切な人のもとに帰れるように。
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※リナリーの話
関係ないけどわたしは神リナがすきです