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はくしゅ
「乱菊さん、それ去年も言ってましたけど」
十番隊隊首室で、いつものように煎餅を頬張っていた松本を、咎めるような口調で雛森が言った。
「あーそうだっけ?」
恍けているのだか、本当に忘れているのだか、おそらくは後者であろう松本は、今度は饅頭に手を伸ばす。
雛森が言う「去年」とは、上司である日番谷への誕生日を忘れ、あろうことか、雛森の彼への誕生日祝いを己への祝いだと勘違いした、松本の発言行動その他諸々のことである。
「…まあいいんですけど。…乱菊さんは今年はどうするんですか?」
「前は花火だったわよね」
松本がそう訊ねると、雛森はこくんと肯いた。「とても綺麗でした」
「あれは我ながらいい思い付きだったと思うわよ。でも今年も同じじゃあ能がないか。…あ、雛森、あんたはどうしたの」
雛森が手にしている包みを指さすと、雛森は得意げにそれをだきしめた。
「あたしこそあまり能がないんですけど、今年はマフラーにしました」
「おお、マフラー」
「はい」
「どうしようかしらねえ。やっぱり、食べ物が無難か」
饅頭と煎餅の山を見て、適当な調子で松本が言った。
「あ、隊長、干し柿好きじゃなかった?」
「乱菊さん、それ日番谷くんが嫌いな食べ物ですよ」
「そうだっけ。残念だわ、そうじゃなかったら、わざわざ買いに出る必要なかったのに。そこの棚に入れてあるから」
「…そこは書類を入れる棚じゃないですか…」
その奔放さに呆れて、そして、この展開がないこと甚だしい会話に疲れも幾分か滲ませ、雛森が呟く。そもそも、誕生日祝いに干し柿を贈る、しかも買い置きしてあったものを、という行為自体如何なものか。
しかし当の松本は、そんな雛森を意に介すことなく、美味しいのになんでだろ、と言いながららういしょと腰をあげ、干し柿を取り出した。一瞬ではあるが、雛森が見た限り、そこに書類と名のつくものはなく、食べ物ばかりが場所を占めている。
「食べる?」
「いいです…」
「そもそもあたし、隊長が何を欲しいのか、よく分からないのよ」
差し出していた干し柿を自分の口に運んで、お茶をずずっとすする。それを見た雛森は、鼓舞するように明るい声で言った。
「悩むのも贈り物の醍醐味ですよ!乱菊さん、日番谷くんと行動共にする機会も多いんですし、何か思い当たることありませんか?去年の花火、日番谷くん喜んでくれたじゃないですか」
「分かんない」
「考えずに答えてませんか」
雛森の表情が咎めるようなものになってきたので、
「ごめん分かった。ちゃんと考えるわ」
干し柿を飲み込んで、松本は言った。
「……」
自分以外誰もいない隊首室で、煎餅カスと饅頭の入っていた箱と、
「いい加減このパターンどうにかしろ…」
長椅子の下に隠された山積みの書類を見やって、日番谷が言った。
そして、相変わらずの副隊長の調子に腹を立てながらも、書類の山を長椅子下から出そうとして、
「あ?」
そこに何かがあるのを見つけた。白い麻の袋で、大きさは掌に収まるほど。手にとってみると、どうやら瓶のようである。
「またあいつは…」
棚に菓子や酒瓶を入れる場所がなくなったので、今度は長椅子の下にまで置場所を広げてきたか、と呆れつつ、無造作にそれを机の上に置く。たぷん、と液状のものが揺れる音がした。
「…変なものじゃねえだろうな」
かの副隊長の性質を考えると、怪しいものである可能性も無視できず、日番谷はその袋の紐を解く。矢張り中身は液体入りの瓶だった。それを袋から取り出そうとして、
「おめでとうございます!たいちょー!」
何処に隠れていたのか、松本、その後ろから雛森が現れた。
「松本…雛森も…お前ら何やって……」
「『何やって…』って、わざとらしいなあ隊長!今日は隊長の誕生日でしょ!」
わかってるくせにこのいけず!と、雛森に指摘されるまで、誕生日であるということを忘れていたとは思えない調子である。
「日番谷くん、誕生日おめでとう!これ、はい。お祝い」
「…あ、ありがとう雛森。……それより松本、てめえ仕事さぼ」
いきなりの展開に多少動揺しつつも、言うべきことは忘れず、仕事をやるよう松本に命令しようとした彼の言葉は、意識的なのか、松本の声に隠された。
「それより早くそれ見てくださいよ!隊長の誕生日祝い!」
「あ、あたしもどんなものか知らないんだった。早く開けてみて日番谷くん!」
凄い勢いで言われ、おそるおそる日番谷は袋の中身を取り出してみる。
「……」
「……」
「阿近に『今日中に』って頼んで、作らせたんですよ!」
満面の笑みで松本は言う。
「……」
「……」
「さーて誕生日会はじめるわよ誕生日会!ほら、何ぼけっとしてるの雛森、そこの棚からそば饅頭とってそば饅頭」
「…え、…あ。は、はい」
たっと棚のほうに向かう雛森を満足げに見て、
「じゃ、隊長には特別に秘蔵の煎餅、どうぞ」
そうして伸ばされた煎餅を掴んだ手は、相手の反応もなく、宙に浮かんだまま、
「松本――――――ッ!!!!!」
成長促進剤と銘打たれた袋の中身を見た日番谷の怒鳴り声と、松本のそれにしゃあしゃあと返す言葉を背景に、雛森は棚の扉を開けた。煎餅や干し芋の入った紙袋をのけて、
「これ…かなあ」
それらしき袋を取り出し、そして立ち上がる。
「……あ」
その時、雛森はちいさく声をあげた。
「どうしたの雛森?」
既に日番谷から離れた位置に逃げていた松本が訊ねると、
「雪が」
雛森の視線の先、窓の外にふうわりふわりと、白いものが空から落ちてきていた。松本は窓の外に近づいて、窓を開ける。冷たい空気が室内に入り込む。
「久しぶりじゃない雪?」
松本の隣にやってきた雛森が窓の外へ手を伸ばすと、彼女の掌に落ちてきた雪はすっととけてしまう。
「積もる雪じゃないですね。……寒い」
ふうっと吐いた息は白い。
「あー本格的に冬ねえ寒い寒い。ねえ隊長?」
雪が降り出したことに雛森が気付いて以来、場外に取り残されていた日番谷に話を振る。
「それなら早く窓閉めろ寒い」
「寒いですよねえ、寒い。じゃあ今日は鍋パーティーということで!」
「なんだその論理の飛躍は?!」
日番谷がそう言い終わらないうちに、買い出しにいってきます!と雛森を引っ張って、松本は風のように隊首室から去り、ぽつんと日番谷と山のような書類だけが残される。
「あの野郎」
例によっての逃亡に、これ以上何を言っても無駄だと、日番谷は山積み書類を自分の机に動かそうとして、
「……」
ふと雛森が渡してきた包みと、松本の誕生日祝いが目に入った。そして窓の外を見やり、
「淡雪か……」
日番谷は小さく呟いた。
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隊長お誕生日祝い、十番隊がだいすきです。
ここでの乱菊さんはただのだめ人間っぽくなってしまったうおおお
確か一番最初に書いた二次小話なのだけど、読み返したらちょっといろいろはずかしいです
その人の名前は、藍染惣右介と言った。
あの日、目を覚ますと、藍染隊長はもういなかった。
絶対に起きていると決めていたのに、結局眠気に負けて、寝てしまったらしかった。酷い粗相だと、自分の頭をたたきたくなる。布団や周囲のものを早々に片付け、自室に走った。藍染隊長も黙っていないで、起こしてくれたらよかったのに。それほどあたしは熟睡していたのだろうか。恥ずかしくなって頬が火照った。それでも、そんなふうに気遣ってくれる隊長だから、あたしはついていきたいのだと思う。
それはまだ、真央霊術院の学生だった頃だ。
入学してから初めての、現世での魂葬の実習、あたしは阿散井くんと吉良くんと一緒の組になった。
はじめて出向いた現世は、尸魂界とまったく異なっていた。
やたら明るく光る看板、高く灰色の建物の群、湯のみがたくさん入った四角い大きな置物――。車輪の付いた何かは、道を凄い速さで通り抜けて行く。
「シロちゃんにも見せてあげたいなあ…」
ぼんやりとシロちゃんのことを思った。シロちゃん達と別れて、真央霊術院に入学したのは二か月近く前のことだ。休みの日には帰ってくると言ったけれど、思ったよりずっと忙しい毎日に追われ、結局一度も叶っていなかった。
「元気かな……」
思わずそう呟いた瞬間、
「おい、雛森ー!なーにやってんだー?こっちこいよ」
阿散井くんがあたしを呼んで、あたしはうん、と返事をした。
魂葬は思ったよりずっと簡単だった。
大きな白い建物の屋上に集合する。見上げた夜空には、大きな三日月が浮かんでいた。風が心地よく、あたしの頬を撫でていった。
「思ってたよりちゃんとできているかも…」
実際、思わずつぶやいてしまった。
「風がきもちいい」
こうして、ひとり二回ずつの魂葬実習は、何事もなく終わると思えたのと、引率の先輩の、何かを吐き出すような鈍い声、そして鋭いものが何かを指す音がしたのは、ほぼ同時だった。
「せ、先輩が殺されたあああああああ!!!」
叫び声につられて振り向いた先にいたそれは、その鋭い爪に先輩を刺し、口から涎を垂らしていた。巨大な虚だった。
もうひとりの先輩が虚に向かっていくも、なすすべもなく倒れた。血しぶきが無残に夜空に散った。ひとりだけ残った先輩が、あたし達に逃げるように叫び、その瞬間止まっていた時間が動き出したようだった。まわりが半狂乱になって、一斉に逃げていき、あたしもその流れの一部になりそうだった。けれどあたしには、何故あたし達が逃げるのか分からなかった。戦わなくてはならない。あの虚を倒さなければ。その思いだけが頭をめぐった。息をのんで、顔の半分が血にまみれている先輩のもとへ、援護に向かう。しかし、鬼道はまったくきかなかった。更に、虚の数は増してあたし達を囲んだ。もう終わりかと思った。絶望と言う黒い感情と現実で胸が潰れそうになった。そして、シロちゃんの顔がすっと浮かんで、
「すまない、救援にきたよ」
それが、藍染隊長と初めて会ったときだった。
現れた隊長は、穏やかな笑顔でそっとあたしの頭をなでた。よく頑張ったね。怖かったろう。もう大丈夫だ、と。
あたしは、いまでも思い出すのだ。夜寝る前、不安に襲われたとき、本当にふとした瞬間に。その時に感じた藍染隊長の大きな掌と、そこから伝わってくるあたたかな匂い――
それから、藍染隊長の役に立ちたくて、いつかそのおそばにいられるようになりたくて、あたしは必死で頑張った。ありきたりの表現なのだけれど、でも血が出るほど頑張って、そして副隊長に任命されたのだ。夢なのじゃないかと思った。けれど、はじめて副隊長となり隊長の前に立った時、
「頼りにしてるよ」
隊長は笑顔で言った。これからよろしく、雛森くん、と。
その言葉からすこし遅れて、藍染隊長がいる五番隊の副隊長になったという実感があたしを包んだ。どうしようもなく幸せな気分だった。それと同時に、隊長を支えなければ、そのおそばにいて恥じない存在であろう、と決意を新たにしたのだった。
昨日、あんな風に、隊長の後ろ姿をずっと見ていたせいかもしれない。こんな忙しい時に、あんな昔のことを思い出すなんて、きっとそのせいだ。
「…っと!」
恥ずかしくなって、どうしようもなく早くなっている鼓動を誤魔化すように、あたしは近道を選んだ。
「よかった間に合いそ――……」
すべてが、藍染隊長とのことが、藍染隊長の変わり果てた姿を見たとき、頭を何度も駆け巡り、そしてごちゃ混ぜになってすうっとあたしを冷やした。自分の叫び声が知らない人間のものに聞こえた。
*
ひとりになると、藍染隊長の、固まった藍染隊長の顔が、嫌でも浮かび上がり、目を瞑っても消えない。気が遠くなり、そしてふと気がついて、何かがよじれて切れる感覚に襲われた。あたしの中にいる笑顔の藍染隊長は、あたしの中で何度も死んだ。
――けれど、けれど今、あたしの目の前に藍染隊長がいる。
藍染隊長は亡くなったはずではないか。確かにあたしの目の前で、藍染隊長は。何度もその事実を認めて忘れようとしたけれど、それでもどうしても出来なかった、冷たく動かない隊長の瞳を、あたしは確かに見たではないか。
あたしがその思いを、消えそうな声で言うと、藍染隊長は、大丈夫だよ、とただそれだけ答えた。暫くぶりに耳にする藍染隊長の声は、まぎれもない藍染隊長の声である。思い出に違わない、やさしさが込められている。思わず手が伸びる。涙がじわじわ溢れてくる。
すっと、藍染隊長の掌があたしの頭をなでる。
嘘じゃない。本当なのだ。今、あたしの目の前にいる人は、藍染隊長その人なのだ。暗闇が、一瞬で晴れていく。
気が付いたら泣いていた。
藍染隊長は、あたしに言う。やらなければいけないことがあったのだと。それが何かは分からないけれど、それで藍染隊長はずっと身を隠していたのだった。この、完全禁踏区域、清浄塔居林に。みずからに「死」を与えてまで、隊長がやらなければいけなかったことのためだったのであれば、あの表現できないほどの苦しみも、すべてなくなっていくような気がする。
安堵の思い、嬉しさ、懐かしさ、色んな思いが混ざって、あたしは気持ちに整理がつかない。けれど、これだけは確かだ――そうだ、藍染隊長は、帰って来たのだ。
もうどうでもよかった。それだけでよかった。考えることを辞めよう。あのひとりの、どうしようもない時間も、今は遠い昔に思えた。藍染隊長は、泣いているあたしに、ありがとうと言う。ありがとうは、あたしの言うべき言葉なのに。隊長が、あなたが、ここに戻ってきてくれただけで。ぎゅっと、隊長の服を握る。あの日を思い出す。そう――
あの日、はじめて会ったあの日、あたしを包んでくれた大きい掌、あたたかな匂い。
そして、次の瞬間、それは鋭い痛みとともに消えた。
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※鬱め。「酔夢」ってタイトルが使いたかった。だけ、です…(目をそらしながら)
あそこまでリーゼント隊長が憎かった場面もない
「これ食えるのか?」
わたしの目の前で、恋次が「れーぞーこ」なるものを漁っている。
「破面」が現世を襲撃、わたしたちはつい先日、現世に派遣された。
相変わらず現世は奇怪なものが多く、一護の部屋にも、以前はなかった奇天烈なものが増えていた。手にとって、それがどんな用途に使うものであるのか、確かめたいところだが、当の本人、一護はこの部屋にはいない。ついでに言うならば、あの賑やかな家族もいなく、だからこそ恋次がこういう行動を起こせるのであるが。
「おい、恋次!おぬし、いつまでそんなことをやっておるのだ」
「うるせえなルキア。どれ食べていいか分かんないんだよ」
そう言って恋次が振り向く。
確かに、「れーぞーこ」には、見た事もないような、これまた奇怪な食べ物が収められている。
「そもそも、これ、全部冷たいじゃねえか」
恋次が不満げに言いつつ、透明な箱に入った茶色いものを差し出してくる。蓋を開けると、嗅いだことのある匂いがした。
「おお、これは『カレー』というものではないか」
「かれえ?…そういえば、一護ンところ来る途中で、この匂い嗅いだな」
「一護に貰った時は美味しかったぞ」
わたしがそう言うと、恋次は、でもこれ冷てぇしなあ、などと言い、カレーを「れーぞーこ」に戻した。確かに美味であったのだが。香ばしい匂いも、食欲を誘う食べ物で、肉や芋などが入っていたような気がする。
「んにしても、どれもこれも冷たいじゃねえか。こんなん、いくら夏だって食えねえよ」
「それなら、いい加減あきらめたらどうなのだ。一護が帰ってくるまで待とう」
「俺じゃねえだろ、『何か食いたい』言い出したの。……乱菊さーん、何も食べれそうなものないっすよー」
恋次は二階に向かって声を張り上げた。二階の一護の部屋には、松本十番隊副隊長がだけがおり(斑目三席、綾瀬川四席は何処かにでかけている)、今頃一護の部屋にある娯楽本を、ひとり読み漁っているはずである。そして、松本副隊長こそが、恋次を「れーぞーこ」漁りに駆り出させた、張本人だった。
「なーに言ってるのー。もっとちゃんと探してー頼むわあー」
先程まで響いていた松本副隊長の笑い声がやみ、返事が間もなく聞こえた。のんきな松本副隊長は、引率の日番谷隊長がいらっしゃらないと、更にのんきになる。
「食べ物がないはずないわよー」
そして、松本副隊長はゲラゲラ笑う。姿は見えないが、明らかに、本の内容に笑い転げているのである。その声を聞いて、恋次は眉間にしわを寄せた。と、
「お、これなんだ?」
指をさして、「れーぞ−こ」右にあるそれを指さす。
「飲み物かこれ?どうやって飲むんだ」
「おお」
わたしは思わず顔をほころばせてしまった。
「それは『ストロー』というものを使ってだな――…」
「完熟みかん」と書かれた紙製の湯のみを、わたしはとりあげた。
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恋ルキ恋ルキ!
またしても乱菊さんがだめな大人っぽいのは仕様
本当は頼りになるのに、いつもはだらーんとしている人がすきです。