空五倍子の毛がもこもこしていたので、ふと上を見上げると、空は灰色だった。
「ちょっと出てくる」
そう言って、駈け出した。
町は賑やかで、どんよりとした空を意に介すことなく、人間達が歩き回っている。その間をぬって走ろうとするが、途中何人かにぶつかりそうになった。
「あぶねえな!気をつけて走れ…って、あ」
張り上げた男の声が、最後のほうで小さくなる。俺の頬に、ぽつ、と水があたった。
「雨か」
男だけでなく、周りの人間達も空を見上げ、急いで近くの店に飛び込んでいく。が、俺は走り続けた。あの神社はこの大通りを突っ切った場所にあった筈だ。着くまで、もう少しだった。
走っている間も、雨は強くなり、身体をぬらした。周りの植物から、あおい匂いが立ち上ってくる。大きな水溜りを越えて、瞬間、水と泥が跳ねて、自分にかかった。映っていた世界が揺れる。階段をのぼり、境内が見えて、
「何やってるんだい」
呆れたような声がした。
神社境内には、青や赤の紫陽花が咲き乱れ、雨にぬれて鮮やかさを増していた。その花の中、怪訝そうな顔をした梵天が俺を見下ろしている。傍らには空五部子がいた。
「何って……」
俺は言葉を失う。髪先から滴がしたたる。梵天の傍にいた空五部子が、その頭に大きな葉で以て、雨をしのがせていた。蛙がはねたのか、ぴしゃっと水が跳ねる音がし、俺は自分が何も持たずに駈け出したのに気付いた。
「我に乗れば、走るより余程早いというに」
空五部子がそう言うので、梵天がからかうような調子で続ける。
「何だい、その格好は。何か急ぎの用でもあったのかい?泥が跳ねて汚れているじゃないか」
「特別な用なんてねえよ」
そう言って自分の足元を見るが、確かに泥が跳ねて、土色になっていた。ふーん、そうかい、と相変わらずからかうような表情を変えない梵天にむしゃくしゃし、
「……帰る」
踵を返そうとすると、
「あれ?露草さん」
前に、包みを抱えた六合と、
「何でてめえがいる、クソ竹」
「煤竹だっつってんだろ!」
「お店にお世話になりっ放しだから、せめてご飯だけでもって、買い物に出ただけだよ」
六合が笑ってそう言いながら、包みを持つ手をあげた。「おにぎりだけなんだけど」
「お前もどうしたんだよ、ずぶ濡れじゃねえか」
だいぶ話が逸れたというのに、クソ竹が初めの地点に戻すような、余計なセリフを吐くので、思い切り睨んだ。
「おお、やる気かてめえ」
「あ?第一、その頭の上の蛙は何だよ」
「第一ってなんだよ」
「ははは。賑やかだなあ」
六合の声がふと聞こえて、
「……あ、もう雨やんだかな」
そして空を見上げた。灰色の雲の間から、青い空が覗いていた。
「お」
クソ竹が頭に蛙をのせたまま、傘を畳んだ。「晴れてらあ。通り雨かね」
俺は六合が渡そうとした手ぬぐいを断って、腕でぐいと顔をぬぐった。
「…こうなると、完全に無駄な徒労になるね露草」
「そういうことを言うでない、梵。露草は――」
「……なッ!そんなんじゃねえよ!」
俺が大声を出すが、梵天は気にすることなく、さあ帰ろうか空五部子、と言う。それに応えて、じゃ、俺らも帰ろうか、などと、六合やクソ竹も歩き始めた。
「では、行くか梵。…露草も」
空五部子が後ろでそう言うのが聞こえた。俺は黙ったまま、数歩先にある水溜りを睨みつけた。何食わぬ顔で青く広がる空が反射して、紅い灯篭とその後ろの緑とがよく映えていた。
梵天を乗せて、黙って立っている俺の横を空五部子が通り過ぎる。
その瞬間、
「でも悪い気分じゃないよ」
静かに笑った横顔が目に入った。
---------------------------------------
※梵露のおいしさ。
原作扉絵がとてもすきで、触発されて書いたもの
この時はまだ「露草さん」「六合」呼びだったんだよね…デレ草かわいいゴロンゴロン
いがみあってるけど、それは相手をおもうがこそで、実はお互い家族以上に大切に感じている、そんな関係ってすてきだなぁとおもいます。